VanLife 日本の旅Vol.8 焼き物の町で出会ったカナディアンその2

COLUMN

2021年05月28日

 一度焼いた器を、屋外で放置してもう一度焼き直すと、表面にミミズが這ったような紋様が浮かび上がる。透き通るような白磁が魅力とされる有田焼の器の基準からすると、もちろんその「ミミズ」は不良品だ。

 「有田の人々にとって「ゴミ」みたいな存在の「ミミズ」は、私にとってはとても美しい宝物だったのです」

 カナダから有田焼の美しさに魅了されて、この地にやって来きたジェレミーは、真剣な眼差しでそう語る。

 確かに「ミミズ」の紋様を活かし、そこに木の葉や花、それに昆虫などのデザインをあしらった、ジェレミー・オリジナルの有田焼は、とても親しみやすい陶器となって再生されている。

 ボクが若い時からずっと敬愛していた作家、故、開高健氏はこう言った。

 「旅を愛し、世界中を歩き回っても、決してボヘミアンになってはいけない。コスモポリタンになるべきである」と。

 ボヘミアンとは、元々、ヨーロッパのボヘミア地方で暮らす人々のことを指し、後にジプシーや、気ままに放浪生活をする人々を指す言葉となった。

 一方、コスモポリタンは国籍や人種に囚われず、国際的な視野で物事を捉える人々である。

 両者はとても似ているように思われるが、決定的な違いは、そもそものアイデンティティがきちっと確率されているかいないか? の違いだと開高健氏は力説する。

 世界を旅し、いろいろな人々やカルチャーに触れ、それらに刺激されても、決して自分のアイデンティティを失わず、そこに新たな接点、融合点を見出すことが、真の文化人と言える。

 己の価値観を押し付けることなく、また他者に完全に染められることなく、新たな文化を生み出していく。それこそが旅の真髄であろう。

 異文化に飛び込んで行く者、そしてそれを快く受け入れる者。その拓かれた心から、新たな世界観が生まれる。

 「幸楽窯」のユニークなRVパークで宿泊した翌日、ここを運営する会社の社長である徳永さんからご挨拶を頂いた。

 「昔はね、有田焼が一番だ、いや、伊万里焼が一番だ! なんて競い合っていたんですがね。今はそういう時代じゃないんです」

 徳永さんは温和な笑顔で、焼き物文化を優しく語ってくれる。

 「この辺りはね、有田焼、伊万里焼、唐津焼、波佐見焼等、佐賀と長崎に跨って、400年以上、いろいろな焼き物の伝統が続いているんです」

 平成28年に、この焼き物の町が存在する8つの市町で「肥前やきもの圏」が制定され、文化庁から「日本遺産」として登録されたという。徳永さんに言わせると、それぞれが競い合うのではなく、力を併せて、この伝統文化を発信する時代なのだと。

 「そこで我々はジェレミーにプロデュースしてもらって、「肥前トラベリング・タンブラー」というプロジェクトを立ち上げたんです」

 近年、プラスティック製品によるゴミが世界的に大きな問題となっている。そこで決して使い捨てではなく、肥前の焼き物の特徴を活かしたデザインのタンブラーを、旅をする人と共に使ってもらい、この地の伝統文化を発信しようという狙いである。

 「コロナで人の動きが制限される中でね、せめてこのタンブラーだけでも、世界中を旅してくれたらいいなあ・・・と思っています」

 そう言って、徳永さんは手にしたタンブラーを優しく撫でた。

 遠くカナダから、日本の伝統文化に強い憧れを抱いて海を亘った一人の女性。そしてそれを受け入れ、尚且、サスティナブルな新たな提案を発信する取り組み。

 ボクは深く共感した。

 そしてジェレミーと徳永さんに、暖かくなったら、是非、富士五湖地方に遊びに来て欲しいと伝えた。

日本の伝統的な陶磁器が、現代風なデザインとアイデアによって、とても洗練されたタンブラーに仕上がっている。滑り止めと飲みやすい保温キャップが付いて実用性も高い。

 「富士山を背景に、湖でカヌーを漕ぐデザインのタンブラーが、いつかできればいいな」とジェレミーは言う。

 もしもそんなことが実現すれば、今回のVanLifeの旅の結果として、これ以上の喜びはないのである。