憧れのVanLife8 究極のハピネス
大勢を嫌い、自由気ままに自転車に乗って旅を続けて来た青年。
幼い頃よりオペラを学び、高い教育を受けてきた少女。
この二人の若いドイツ人男女が出会い、一緒に自転車の旅を続け、一時はベルリンの町で暮らし始めるが、すぐにその暮らしに嫌気が差し、新たな旅の計画を立てる。
その旅の計画とは、中古のスクールバスを自ら改造して、南北アメリカを縦断するという壮大なモノであった。
Netflixで配信中の「究極のハピネスを求めて」は、そんな二人のドキュメンタリー映画である。二人が自ら監督、撮影、出演を担当し、オペラで培った声量と技術を活かし、オリジナルの音楽まで自らこなしている。
ドローンやGoProを駆使して美しい景色を撮影するなど、現代ならではのドキュメンタリー作品に仕上がっている。
この作品を初めて観たのは、昨年のことで、自分がVanLifeを始める随分前のことだ。しかしながら、己の中でもこの種の旅のスタイルには深い関心があったので、とても興味深く鑑賞した。
で、先日、再び、この映画を鑑賞した。
冒頭から雨漏りシーンやその他のトラブルが発生し、今の自分の状況と重ね合わせ、一回目の鑑賞より、より深く感情移入ができたことは確かだが、ある種の疑問も沸き起こった。
まずはこのドキュメンタリー作品のタイトルである「究極のハピネスを求めて」である。
ベルリンでの暮らしをすべて捨て去り、愛犬を連れてニューヨークに飛び、そこで中古のスクールバスを手に入れ、約3ヶ月間かけて、自分たちの好みのキャンピングカーに仕上げる。
ここまでは十分に楽しい描写であり、おそらくは誰しもが憧れる行動である。
彼らの米国滞在ビザが3ヶ月で切れてしまうので、国境を超えてカナダに渡り、カナダとアメリカ国境沿いを西に向かって旅を続ける。さらにはカナダを北上してアラスカまで旅を繰り広げるが、カナダやアラスカの大自然は本当に美しく、彼ら自ら「この暮らしは究極の幸福なんだ」と自賛する。
だがアラスカからカナダに戻り、いよいよ南米を目指すあたりから、様々な現実の壁が立ちはだかる。
まずは愛犬の健康状態。次にビザの問題だ。
アメリカでの3ヶ月の滞在ビザが過ぎて、一旦はカナダに出国、そし再びアメリカに入国すれば、また新たに3ヶ月の滞在許可が降りると二人は考えていたらしいが、現実にはそこでビザが降りずに彼らの計画が大きく狂い始める。
その頃から愛犬の体調も崩れ、二人の表情にも悲しみや怒り、憔悴が見え始める。
ここからがボクの疑問が生まれ始める。
もちろん他人の旅のスタイルにケチをつけるつもりは毛頭ないし、幸福の尺度なんて、人それぞれだと思う。
しかし大勢を嫌って旅を続けて来た二人が、体制の権化とも言える入国に関するビザなどの問題に翻弄させる姿に、なんとも言えないアイロニーを感じるのだ。
ご存知のように、現在のヨーロッパのほとんどの国では国境という概念が崩れ、自由気ままに他国へ移動できる。イミグレーションではパスポートを見せる必要もなく、スイスとイタリアの一部の国境では、スキー場のリフトで通過する箇所さえ存在する。
そんな自由でボーダレスなヨーロッパから、トランプ大統領が国境に巨大な壁を作ると宣言している南北アメリカに行き、そこで自分たちの旅を練り上げる計画自体、本当の幸せを手に入れる最善の方法だと考えたのだろうか?
作中、イミグレーションの担当者によって態度が違い、一旦は降りなかったビザが許可となったり、そのあたりは入国に関する法律が曖昧なところもあるのかなあ・・・とも感じるが、アメリカとカナダの国境超えはまだしも、アメリカとメキシコの国境超えは、かなりハードルが高いことは(特に南米からアメリカに戻って来る時には)、一般的には常識である。
アルゼンチンまでの旅を計画していた二人だが、愛犬の病状が悪化し、これ以上は旅を続けることが不可能だと判断し、心血を注いだスクールバスを手放し、クリスマスのドイツに帰って行く。そこでこのドキュメンタリーは終わる。
「幸福の青い鳥」は、本当は愛する家族の待つ、生まれ故郷に居たのだ・・・との解釈もできるエンディングだが、それと同時に、気ままな旅を少し否定するような終わり方でもあった。
もしもアルゼンチンを最終的な目的地とせず、ビザの問題などに対し、もっと明確なビジョンを持っていれば、このドキュメンタリーはまったく違う着地点があったのではないか? スクールバスのような巨大な移動手段ではなく、もう少しフットワークの軽い車種を選択し、モーテル、B&B、テント泊などを駆使すれば、人間も犬も、もう少しラクに旅を続けることが出きたのではないか? とも感じる。(因みにアメリカでは、犬を連れて居ても、まったく問題なく宿泊できるモーテルはいっぱいある)目的は場所なのか? それともVanLifeなのか? あるいは旅を続けることなのか?
二人の行動力の素晴らしさが、作品からビンビンと伝わって来るだけに、そのあたりが少し残念ではあった。
だがVanLifeを実践したり、旅に対する強い憧れがあるのであれば、必見のドキュメンタリーである。